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ノーデンフェルト皇国興亡史


 <注>
 これは、「出雲艦船技研」の架空艦の多くが属する世界の設定です。
 まだ、発展途上であるので、あえて書かれていない個所もあります。この世界設定を利用したいという方は、遠慮なく申し出でください。世界観への提言も歓迎ですが、あまりに荒唐無稽だったり、常識外の物は受け付けかねます。

 <序>
 ノーデンフェルト皇国は、スカンジナビア半島の北西に位置する列島群に存在する小国である。
 その成立は古いが、正確な起源には不明なところが多い。現在ではキリスト教や北欧神話が広く受け入れられているが、古来から伝わる伝承が根強く信じられているからだ。

 星の海を巨大なクジラに乗って旅をする神々がいた。その神々の中にのクジラと意志疎通できる女神が、航海士のような役割をしていた。
 だが、ある時女神が乱心し、クジラは地に落ちた。それがノーデンフェルト列島であり、神々の末裔が皇国の人々であると。

 他に類を見ない伝承ではあるが、この国の指導者に古来から神が懸かった人物が多かったのは事実のようである。ヴァイキングの侵略を筆頭に様々な脅威から、この小国の独立を保ってきたのは、優秀な人材によるところが大きい。
 現在のノーデンフェルト皇国の成立は17世紀だが、中立を是とし、国力も弱かったため、産業革命が始まるまでは歴史の表舞台に立つことは無かった。
 しかし、19世紀に鉄脈が発見されると、状況は変化していく。その資源に周辺諸国が注目し始めたため、資源を売った外貨での、産業の近代化、軍備強化を推し進めていく。それでも、懸命に中立を保つが、第一次世界大戦にて崩れる。
 ジェットラント沖海戦で独巡戦「デアフリンガー」を撃沈するも、無線と舵機を損傷した戦艦「霧島」の緊急入港である。
 追撃してきた独艦隊に対し、絶望的な抗戦をしようとした「霧島」を、自国籍に編入することで保護。勇敢な乗員たちに同情した当時の皇帝の決断は、やがてドイツの対ノーデンフェルト宣戦布告に繋がる。…バルト海に逼塞したドイツ艦隊が出撃することは無かったものの、海軍の増強の契機となっていく。

 <1930年代のノーデンフェルト軍>
 1:陸軍
 海軍に予算を獲られ、非常に限定的な戦力しか持たなかった。旧式な沿岸砲の他には、少数の装甲車、軽戦車を保有するのみであった。

 2:空軍
 防空用の戦闘機の他には、飛行船から交代した長距離哨戒機を保有する程度。ただし、この哨戒機と民間機用に整備された飛行場の意義は大きかった。クーデーター時には、「要請をうけた」ドイツ軍空挺部隊の大規模な空輸。後には、独航空艦隊が進出した。

 3:海軍
 地下資源輸出による予算にもっとも優遇され、国の規模に対して大きかった。シーレーン防衛を主眼に起き、戦艦「クレイオー」を中心にした大型艦からなる外洋艦隊。沿岸防衛用の小艦艇と練習艦主体の本国艦隊。潜水艦をまとめた潜水艦隊の3つからなる。
 政治・軍事的中立を保つため、あえて複数の国の技術をとりいれている。
 大型艦用のドックを新設したが、経験不足から能力は限定的であった。
 なお、皇族を中心に世界的にも珍しい女性兵が存在した。

    

 <年表>

1916年 5月 ジェットランド沖海戦。日英艦隊と独艦隊双方に甚大な被害。舵機損傷した「霧島」がノーデンフェルト皇国に入港。
追撃してきた独艦隊から、自国艦籍に編入する事で保護。
1933年 4月 独で装甲艦「ドイッチュラント」就役
1935年 米国でオランダ巡洋戦艦、建造開始。
1937年 米国でオランダ巡洋戦艦1番艦、事故で船台上で横転、全壊。
損失補填の形で、米国から複数の艦船がオランダへ提供。
1938年 各国での巡戦建造を受け、改B計画により、日本で超甲巡建造開始。
1939年 第二次世界大戦勃発
独で艦隊建造計画「Z計画」発動。
米国でフランス戦艦「フランドール」建造開始
1940年 5月 オランダ巡洋戦艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」竣工
6月 フランス降伏。
7月 英国本土で、仏戦艦「リシュリュー」接収事件。フランス海軍候補生を中心に多数の死者。フランス本土での対英感情悪化。
大破した「リシュリュー」は日本へ回航。
8月 ノーデンフェルト皇国海軍戦艦「クレイオー」、改装のために米国に回航。
直後に、陸軍主導のクーデター発生。親独軍事独裁政権樹立。新政権は、従来の永世中立を破り独との同盟を樹立。
これにより、ドイツ海軍はノルウェー、北海方面での活動を活発化。
9月 ヴィーシー・フランス、対日英宣戦布告。
10月 ノーデンフェルト皇国亡命政権発足。
米国政府、政治的バランスを保つためとして枢軸国へ「フランドール」、日英連合に「クレイオー」を引き渡すと発表。
1941年 5月 ライン演習作戦。日英艦隊、戦艦「ビスマルク」撃沈に失敗。小艦艇を中心に、日英艦隊に深刻な損害。
10月 独仏伊枢軸軍、英国上陸作戦「ゼーレヴェ」発動。
スカパフロー軍港で、雷撃を受けた戦艦「POW」が水路を塞いだ事により、日英艦隊の一部が出撃不能に。
英国本土からの脱出作戦が始まる。
1942年 1月 東インド政府、独立を宣言。(プレシア事件)
周辺で、「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」を中心とした通商破壊作戦展開。
消耗や、米国への牽制から、日英連合は主力を投入せず。
2月 相次ぐ被害に、日英は蘭印攻略艦隊を編成。日本で改装された「リシュリュー」も加わり、蘭印制圧。
「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」は、自由英国海軍に編入され、「フェイト」と改名。
1944年 ヴィーシー・フランス海軍戦艦「フランドール」竣工
独傀儡政権下の英国政府に、独から義勇艦隊派遣。(「守護騎士艦隊」)
5月 ノーデンフェルト軍事政権に、小型戦艦「シグムンド」「ベオウルフ」引き渡し
英国本土経由で入った情報で、ナチスによるユダヤ人迫害が米国で暴露。
世論の高まりや、日英の政治工作で米国が日英への支援を開始。
194?年 英国本土奪回作戦発動。

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