「名前をよんで」〜とある巡洋戦艦の寓話
前説〜誕生


 ■プロジェクトF
 1930年代。かつて7つの海を制したオランダの凋落は著しかった。残された植民地は東南アジアのみとなり、それすらも周辺国に脅かされるようになってきた。強大な海軍を建設していた日本である。
 太平洋で米と対峙している以上主力戦艦群の脅威は無かったものの、日本海軍が続々と送り出す一万トン級重巡ですら在来のオランダ海軍艦艇では対抗不能であった。
 オランダを囲む、仏英独はもとよりスペインですら大型艦を建造する機運をみせている事もあり、国威発揚と東インド防衛のための巡洋戦艦の建造は勢いづく事になる。

 一方、米国では金剛級を筆頭とする日本高速戦艦に恐怖を覚えていた。自国にあるのは、改装余地の少ない低速の戦艦ばかり。高速戦艦は欲しいが、軍縮条約で戦艦を建造できない。条約開け直後に高速戦艦を建造するためのテスト・ヘッドを!
 この米蘭の思惑が一致した結果、米国での巡洋戦艦の建造が1935年に開始される。
 後に米国で建造される多くの戦艦、巡洋艦の嚆矢となるこの建造計画は「プロジェクトF」と呼ばれる。

 ■武装・防御
 建造当初のコンセプトは、強力な雷装を持つ日本重巡と水雷戦隊を魚雷発射の前に遠距離から撃退する事であった。
 そのため、巡洋艦並みの高速と強力な砲力とが優先され防御は二の次とされた。
 主砲は、‘海軍休日’時代に試作保管されていた42口径38センチ砲6門に、新開発のSHSを搭載。英国での38センチ砲に触発され、ニューメキシコ級での搭載を検討された砲に、条約開け後の戦艦に搭載する予定の新規格弾を搭載したのである。ドイツからの技術供与によりゲルリヒ砲の搭載も検討されたが、タングステン弾芯の高価さから見送られた。
 速力は、新型の蒸気タービンにより18万馬力を実現。これにより33ノットを発揮した。
 装甲は対20センチ砲防御とされ、舷側最大240ミリ、水平最大110ミリとされた。しかしながら、金剛級との交戦の可能性も踏まえ弾薬庫の防御には配慮がされた。また、魚雷防御にも重油層を活かした配慮がなされている。

 ■オランダ巡洋戦艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」
 本艦は、その出生から因縁がつきまとっていた。
 当初、2艦が建造されるはずだったのだが一番艦は建造中に船台で事故により横転。この事故で一番艦は廃棄となり、視察にきていた東インド自治領の総督と子供が犠牲になったのである。この事件は、深い禍根を残す事になる。
 また、二番艦の建造が急がれるとともに、一番艦の代わりに、米側は複数の艦船を提供することになる。

 1940年5月、二番艦が巡洋戦艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」と命名され竣工する。「七州連合」を意味するオランダの美称である。しかし皮肉な事に、まさにその時本国はドイツに占領されていたのである。
 本国政府が混乱する中、東インド自治領政府が強硬に所有を主張し、完熟訓練後にスラバヤに回航された。
 当時、蘭領東インドは総督亡き後、総督の妻だった女性が強権を握り、軍をも掌握していた。
 そして、スラバヤに回航された巡洋戦艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」の艦長は、事故で死んだはずの総督の子供だった。

 ■オランダ練習艦「スラバヤ/リニス」
 1909年に竣工した、283mm単装砲2門を主砲とする、旧式の練習艦である。就役当初は、「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」という艦名の海防戦艦であったが、1936年に練習艦となったのを機に、艦名を「スラバヤ」に変更された。
 その名を譲った巡洋戦艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」の練度向上に果たした功績には、大きなものがあった。
 味気ない「スラバヤ」という艦名ではなく、由来は不明ながら「リニス」という愛称で呼ばれたという記録もある。
 しかしながら、後の所謂「プレシア」事件の前に解役されている。

 ■「プレシア」事件
 巡洋戦艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」は、艦長の下の実践的な訓練により練度をめきめきあげていった。この艦長は軍の学校に在籍の記録が無いにも関わらず、豊富な知識と吸収力を持ち、乗員からの支持を集めていった。
 そして、英本土が陥落し、独伊と日英との間に休戦が成立した1942年初頭。事態は急変する。
 オランダ本土陥落後、東インド政府は中立を保っていた。
 それが突如として、総督代理が東インド自治領を中心に独立を宣言。領海の封鎖、輸出する石油の大幅な値上げを始めたのである。
 中東情勢が極めて不安なため、日英にとって死活問題である。しかし、フランス本土陥落時にフランスに対し強硬な態度をとったばかりにフランス国民を独側に追いやったトラウマもあり、日英は対応に苦慮する。
 そうこうする内に、巡洋戦艦「デ・ゼーヴェン・プロヴィンシェン」が神出鬼没の通商破壊戦を開始するのであった。
 

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